昭和八年度『郷土之お話』について
- 心一 萩坂
- 8月8日
- 読了時間: 6分
更新日:4 日前
2025年8月15 日
かわさき民話を愛する会 萩坂 心一
『郷土之お話 上之巻・下之巻』について
【はじめに】
川崎の民話作家・萩坂昇さん(1924年生まれ~2003年没)が亡くなって22年が経ちます。7年前、昇さんの人柄と業績に魅かれるメンバーが集まり、「かわさき民話を愛する会」(略称「民話の会」)を起ち上げました。以来、毎年、講演会、座談会、シンポジウム、日本舞踊、朗読劇、語り、紙芝居、大型めくり絵、フィールドワーク、冊子の刊行など、いろんな形で「川崎の昔話」を紹介し、多くの皆さんとともに愉しんできました。
私は昇さんの甥ということもあり、「民話の会」の会長をしていますが、彼の書き残した数十篇の「川崎の昔話」のルーツに興味があり、「民話の会」とは別に、個人的に探究しております。そんな折、四年ほど前に運命的な出来事がありました。
【二冊の本との出合い】
2021年夏、市民活動で知り合ったSさんのお父様の持ち物の中から、昭和8年(1933年)度発刊の『郷土之お話 上之巻・下之巻』のコピー本が見つかりました。宮前尋常高等小学校(現在の川崎市立宮崎小学校)の先生たちが作成した副読本で、川崎に伝わる伝説や昔話が42話も取り上げられていました。ガリ版刷りのコピーが不鮮明で、判読しにくい箇所もありますが、子どもが興味を持てるような表現が全編に溢れていて、一読して感動しました。
それから半年後(2021年冬)、平成5年(1993年)11月27日付で再版された『郷土之お話』と出合います。これは、「民話の会」会員のTさんが所有していて、宮崎小学校創立120周年事業の「記念誌」として発刊されたものです。ガリ版刷りの原文を読み解くだけでも大変なのに、誤字・脱字の訂正、適切な句読点、現代仮名遣いへの移行、懇切丁寧な「注」も施され、しかも全文が活字印刷、装丁もきれいで感銘を受けました。
大変な労作ですが、『郷土之お話』の原文と比較してみると、記念誌の掲載文には多くの転記ミスがあり、その数は百カ所以上にもなります。ミスの原因は解明できましたが、責任追及が目的ではないので不問とさせてください。いずれにしても、このままでは、せっかく掘り起こされた伝説や昔話が正しく伝わらない可能性があります。
【検討チームの結成】
三年ほど前(2022年6月)、この案件に関心のあるメンバーが数名集まり、いろいろな角度から検討してみましたが、なかなか名案が浮かびませんでした。そこで、2023年4月に川崎市教育委員会文化財課に相談しました。その後、別件で私自身が多忙になり、二年が経過、このままではまずいと思い、今年2025年3月に再度文化財課に相談し、今回、発表の機会をいただいた次第です。
92年前の作品を正確に後世に伝える重要性を共有したくて、筆を執りました。川崎の歴史、風土の中で生まれ、守り伝えられてきた伝説や昔話は、市民の宝物であり、できる限り『郷土之お話』の原文の内容を正しく伝えていきたいと考えました。今回、そのうちの一つの昔話を紹介するとともに、修正を要する点について紹介します。
「もろこし畑の戦い」(宮前村権六谷戸) *『郷土之お話上之巻』掲載
宮前区の野川には「権六谷戸(ごんろくやと)」という地名が残っています。この地名は、箱根あたりで戦に敗れ、逃れてきた武士たちが田畑を開墾して住み着き、その頭だった権六の名前をとったと言われており、この地を舞台にした昔話が伝わっています。農作物を育てながら平和に暮らしていた権六たちは、ある日突然敵に襲われ、高く生い茂った玉蜀黍(トウモロコシ)畑で必死に戦いましたが、仲間は次々に倒れ、最後に権六がただ1人生き残りました。権六の子孫の旧家では、この玉蜀黍畑の悲話を忘れぬよう、代々「この地でトウモロコシを作ってはならない」と言い伝えられ、それを破ると実際に身内に不幸があったそうです。
この昔話は、玉蜀黍(トウモロコシ)畑での出来事から、権六が戦の虚しさを実感し、一農民として平和に生きようとする過程をドラマチックに伝えている名作です。
『郷土之お話』の玉蜀黍(トウモロコシ)が、記念誌では誤って「玉ねぎ」と記載されています。玉ねぎの葉は「高く生い茂る」ことはなく、「玉蜀黍」でないとこの昔話、戦のシーンは成り立ちません。その他にも以下のような誤字があります。
(誤 ⇒ 正)
・意義を申し立てる ⇒ 異議を申し立てる
・玉ねぎ ⇒ 玉蜀黍 (トウモロコシ この誤り多数あり)
・風が巻(ちまた)き起こされて ⇒ 風が巻(ま)き起こされて
・足の速い夏の日 ⇒ 足の遅い夏の日 (夏は日が長いため「遅い」の誤り)
【私の願い】
『郷土之お話』は、昭和8年の時期に、影向寺(川崎市宮前区)のご住職で、宮前尋常高等小学校の教師もされていた加藤照尊先生をはじめとした当時の先生たちが、血の滲むような努力をされて作成した副読本です。そのご苦労に報いる意味でも、作成当時の正しい内容を伝えたいのです。
この手作りの本から、当時の先生たちの教育に対する「熱」と郷土に対する「愛」を感じます。この副読本を手に取った児童たちは、競い合うように読みあったことでしょう。郷土教育の優れたテキストとして、誰もが誇らしく思ったに違いありません。
今、世界では、差別と分断の流れが止まりません。そんな世の中だからこそ、『郷土之お話』に接し、たくましく生き抜く知恵と勇気をもらい、子どもも大人も朗らかに人生を歩んでほしいと願っております。
萩坂昇さんも『郷土之お話』は読んでいたことでしょう。これを参考に、自らの取材力と表現力を駆使して、読者を魅了する傑作をいくつも書いたのだと想像します。その意味でも、大元になった原作を、正確に後世に伝えていかねばならないと思うのです。
【今後の進め方】
当初、全作品の「正誤表」を作ろうかと考えましたが、手元に比較できる二つの本がなければ意味がありません。そこで、特に転記ミス・誤記の多い作品を選んで、それを正しく書き直したものを紹介していくつもりです。
時間のかかる作業になるでしょうが、ご興味を抱いた皆様からもご意見をいただきながら、価値ある取り組みにしたいので、ご指導・ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。
何かありましたら、下記までご連絡ください。
かわさき民話を愛する会(萩坂心一)
〒214-0014 川崎市多摩区登戸3044-4-201
℡ 044-935-0313 メールアドレス hagisaka@dab.hi-ho.ne.jp
【付 記】
『郷土之お話』は、原本コピーも120周年記念誌も、川崎市立図書館のうち、中原、高津、宮前、多摩の4館で「閲覧」できます。ぜひ、一度「実物」を手に取ってみてください。
(その他関連図書)
●『川崎物語集』 1992~1994年 全6巻 川崎市市民ミュージアム刊
川崎市民話調査団が収集した資料を調査団・市民ミュージアムが編集したもので、『郷土
之お話』に掲載されたものを含む、川崎市域の民話が数多く紹介されています。川崎市立
図書館の全7館で閲覧できます。
●『復刻版 かわさきのむかし話』 著者:萩坂 昇 2015年 北野書店発行
民話作家の萩坂昇氏の著作。『郷土之お話』に掲載されたものを含む、川崎市域の民話が数多く紹介されています。川崎市立図書館の全7館で閲覧できます。また、北野書店で購入することもできます。
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